・鴻上尚史『トランス』白水社

「私の愛する人は、精神を病んでいます。ですが、私はとても幸せです」

という文句が確か本の帯に書かれていたような気がします(なくしました)。
この言葉に集約される物語ですが、この言葉そのものに意味はないと思っています。


問題は、当人たちに「何があったか」という過程です。
その過程をじわじわと語るのがこの戯曲『トランス』です。

高校時代に仲の良かった男二人、女一人が数年後に男、女、おかまの三人となって再会する。
男は分裂症の患者として、女は精神科医として、おかまは献身的な専属看護人として。

三人のやり取りは意味を持つような、持たないような時間を構成し、やがて三人は三人でなくなり、誰が患者で誰が医者かというジャンプを見せる。


真実を雑多な情報量の中に放り投げた最後に、三人は微笑む。互いが互いに向けて微笑み合い、唱和する。
いかにあなたを大切に思っているか。それだけは真実で、全てはそこから始まるのだと。




俺にとっては高校時代に演出・出演した思い出深い戯曲でもあります。
次にやる芝居を探しに本屋で立ち読みしていて、これだというインスピレーションがありました。

今思うと高校生には早い戯曲だったかもしれませんが、あのころにはあのころなりの解釈がありました。
愛することとそれ以外の俗世的なことには、あまり関係がありません。
その人がどんな状態だろうと、どんな性格だろうと、大切なものは大切なのです。


俺が読んでいて演じたくなった数少ない戯曲です。
心残りがあるとすれば、高校時代に演出したとき、最後の台詞を俺は観客に身体を向けて言うよう指示しました。

なんとも子どもっぽい演出だったと思っていますが、あの部分だけは、三人が三人に向けて言うべきだった。最後の最後で観客に投げかければ良かったと、悔やんだりするのです。

2006.8.19(土)記